周りと違う自分を愛する

 

 

義務教育で育った私たち。

 

教育は、国家や経済とも関係しています。

 

明治に入ってから、日本は、

 

欧米に追いつこうとしてきました。

 

追いつく対象が、モデルがありました。

 

 

 

平成も終わろうとしていますが、

 

社会全体が比較的豊かなになりました。

 

追いつこうとしていたモデルも、

 

その国なりの成熟に向かっていることが

 

わかりました。

 

 

 

欧米と言っても、

 

どこも同じではありませんよね。

 

アメリカもイギリスも

 

そして他のヨーロッパの国も

 

まだ迷っているように思います。

 

 

 

日本も、

 

日本なりの成熟

 

に向かうのでしょう。

 

(成熟というものがあるのかどうか、わかりませんが)

 

 

 

目標とするモデルがあった時は、

 

学校では、

 

知識を詰め込み、

 

「答え」のある「問題」に答えられれば、

 

「正解」でした。

 

 

そして、

 

親の言うことを聞きなさい。

 

先生の言うことを聞きなさい。

 

生意気に自分の考えを持ったり、

 

素直でなかったりすると怒られました。

 

 

 

教育は、義務教育だから

 

一斉授業、公平性、が大事です。

 

 

 

時間も限られています。

 

 

 

親の言うこと、

 

社会の規範、

 

先生の言うこと

 

大事です。

 

 

と同時に、

 

私たちはこれから

 

与えられたものをベースにして、

 

自分で考えていかなければなりません。

 

 

 

決断するとき、人は孤独です。

 

決断には、

 

間違ったり、

 

うまくいかないこともあると思います。

 

 

 

周りと違う決断に対して

 

引け目のようなことを

 

感じることもあるでしょう。

 

(周りとかみんなとか、微妙な言葉ですが)

 

 

 

今までは

 

みんなと同じだから

 

大丈夫だと思えました。

 

 

 

でも、これからは

 

みんなと違うことを

 

しなければいけない時があります。

 

 

みんなと同じでも

 

大丈夫でなくなることが

 

あります。

 

 

 

そんな時、

 

違う自分を認めてくれる誰かがいたら

 

それは幸せなことです。

 

 

 

人でなくても、

 

詩や歌、言葉でも素敵です。

 

 

 

そんな言葉を一つでも二つでも

 

胸に抱いていたら、

 

前に進めます。